
川沿中央第一町内会が主催し、本年20回目を迎えたクラシック音楽の「そよ風コンサート」が6月28日、もいわ地区センター多目的ホールで開かれた。初回から第4回までを担った教員で元札響バイオリニストだった故上村昌弘さん一家で音楽活動を続ける三代3人と、第18回から中心的に担ってきたピアニストの櫻庭はるひさん、難曲のリストやパガニーニの奏者でコンクール審査員として世界的に活躍するピアニストの大井和郎氏が3回目の出演となり、リストの超絶技巧練習曲「雪嵐」など7曲を披露するなど多彩で実にレベルの高いプログラムになった。
そよ風コンサートのはじまり

川沿中央第一町内会主催の「そよ風コンサート」が初めて開催されたのは2003年。コロナ禍で実施を見送った3年間を除き、毎年初夏に開かれ、本年が記念すべき20回目になった。
始まりは23年前、放課後児童クラブの「川沿あすなろ児童育成会」代表で、後に中央第一町内会の会長を長く務め、現在相談役である柴田田鶴子さんが、元札響バイオリニストの上村昌弘さんと、音楽教師だった純子夫人との茶飲み話から出たアイデアだという。
いまの子どもたちは、学校のカリキュラムに余裕がなく、学習発表会も運動会も時間が減らされ、コンサートや演劇、映画などの鑑賞の機会がなくなっている。生の演奏を聴く機会が減っているのがとても残念だというので、「協力するから町内会でクラシック音楽のコンサートをやろうよ」ということになった。上村夫妻のバイオリンとピアノをメインに据え、親しみやすいレパートリーを交えてプログラムを組んだ。


初回から4回目までは上村夫妻がメインを務め、5回目からコロナ禍前の17回までは、NHK交響楽団を経て札響で活躍するチェロの小島盛史さんとピアニストの辻千絵さんが中心になってプログラムが組まれた。ピアノとチェロに、クラリネットやフルート、オーボエなどの木管楽器も加わって、クラシック曲ばかりではなく、子どもから高齢者まで、耳慣れたポピュラーや民謡なども織り交ぜての生のアンサンブルが人気で、中央第一町内会だけでなく、協賛する周辺町内会をはじめ、南区全体からもファンが訪れる。
コロナウイルス感染症が、2022年5月に厳しい行動制限が課せられた感染症法の第2類からインフルエンザ並みの第5類に分類されることになって、経済活動などの日常生活が戻り始める。しかし「そよ風コンサート」の復活は簡単ではない。まだまだ感染がゼロになったわけではなく、マスクを着用する人は多く、多数が集まるコンサートには懸念が残っていた。
第20回「そよ風コンサート」

記念すべき20回目の「そよ風コンサート」のプログラムを紹介したい。
司会 川沿中央第一町内会 相談役 柴田田鶴子
開会挨拶 主催者代表 川沿中央第一町内会 金山征晴会長
第1部 創設者ファミリーと地元音楽家のコラボ
<20分休憩>
第2部 子どものためのプログラム
<10分休憩>
第3部 大井和郎ピアノ「大人を酔わせる超絶技巧」
閉会挨拶 後援者代表 村上剛 藻岩地区町内会連合会会長
来場者には、休憩時間に飲み物とおやつが用意されていた。


大井和郎氏との出会い
「そよ風コンサート」のラストを飾ったのはピアニストの大井和郎氏。大井氏は、鍵盤の魔術師と言われたフランツ・リストの曲を巧みに弾き魅せる世界的なリスト奏者だ。リストはショパン同様、ロマン派時代を代表するピアニストであり、超絶技巧が特徴。大井氏が披露した超絶技巧に客席からは歓喜の声があがった。

大井氏との出会いには面白いエピソードがある。第18回のそよ風コンサートで予定していたピアニストの方が急遽、体調を崩し出演ができなくなった。「なんとか代理のピアニストを見つけなければ」と思った柴田田鶴子さんは、数年前にコープさっぽろソシア店のピアノを演奏していた一人の男性を思い出し、当時もらった名刺を引っ張り出した。
コープさっぽろソシア店には、誰でも弾いていいピアノが設置されている。通りかかった柴田さんは、たまたまそのタイミングでピアノを弾いていた大井氏を見て、感激した。今までに聞いたことがないほど素晴らしい演奏で、柴田さんは「私、人生で初めて男性を追っかけました!」と大井氏の去り際を引き留め、名刺をもらったそうだ。
それからずっと名刺は保管したが、特に連絡をすることはなかった。しかし、ピアニストが急遽必要となり、ダメ元で大井氏の名刺に書かれていた電話番号に電話をしたところ、出演を快諾くださったのだ。

大井和郎氏演奏曲(いずれも超絶技巧がふんだんに盛り込まれている)
●巡礼の年 第3年より「エステ荘の噴水」
リスト晩年の代表作の一つ。きらめく水の美しさの描写がラベルやドビッシーなど、フランス印象主義音楽に多大な影響を与えたとされる。
●超絶技巧練習曲12番「雪嵐」
雪が降り積もるような細かなトレモロの中、突風のように半音階のパッセージが現れ、やがて低音域から猛吹雪のように荒れ狂い、消え入るように終る。
●プログラム最後の曲 リストによる、ヴェルディの歌劇「トロヴァトーレ」の悲劇の最終場面をアレンジしたピアノ曲「トロヴァトーレのミレーゼ」。
美しいメロディーにリスト特有のパッセージがふんだんに盛り込まれた難曲。

残念ながら、「そよ風コンサート」で大井氏が演奏するのは今年で最後となる。開催場所のもいわ地区センターにはグランドピアノが常設されていないためだ。今回はグランドピアノを搬入し、調律をして開催したが、毎年となると経費や労力の面で継続が難しい。当日プログラムには、大井氏から会場の皆さんへの愛のこもったメッセージも入っていた。
さようならメッセージ(一部抜粋)
今回でそよ風コンサートの僕の出演は最後になります。このコンサートとのかかわりは3年前、長年続いたそよ風コンサートの奏者が突然倒れられて、その日が偶然僕の予定が空いていたための、にわか作りのピンチヒッターでした。たまたま生協ソシア店の「みんなのピアノ」を僕が演奏していた時、通りかかった町内会役員さんが偶然耳にされてのオファーでした。僕のグランドピアノでの演奏条件を二年間、町内会役員として大変なご苦労をされながら実現してくださった川沿第一町内会会長様はじめ、それに連なる役員の方々に厚くお礼申し上げます。おかげさまで、そよ風コンサートの成功に啓発されるように、僕の生活に再びコンサート活動へのエネルギーが戻って来ました。
奏者として僕への励ましのお手紙、心温まるプレゼント等も他のコンサートでは味わうことがなかった心温まる思い出です。コロナ後は、コンサートの機会が無く、ほとんど指導と審査の生活のみをしていた僕に、川沿の皆さんはエネルギーを与えてくださり、コンサート活動を再開できるきっかけをつくって下さいました。一昔前の感覚が戻ってきました。川沿中央第一町内会の役員の方々、そして聴衆の皆さんには、大変感謝しております。
大井和郎

アンケートに寄せられた声
第20回そよ風コンサートでのアンケートには、たくさんのお褒めの言葉、満足したコメントや大井氏の演奏最後を嘆くコメントも多く見られた。感想を幾つかピックアップし、紹介したい。
初めて聞いて、これ迄(まで)2回聴き逃したのが悔しい。一部は幅広く、多岐にわたり、みんなが楽しめた。ファイナルの圧巻の演奏に心打たれた。プログラム、解説文も一級品で、このコンサートをつくっている人々の質の高さが感じられる。
大井氏がファイナルコンサートということで残念です!迫力ある演奏が聴けないのはさみしいです。
家の近くで、こうしたレベルの音楽を聴かせてもらいありがとうございます。
チェロとピアノのジョイント初めて聞きました。よかった。上村朋子さんの声、すばらしかった。オルガンも聞きたくなりました。
上村さんご一家のファミリーコンサート、とても心温まる雰囲気ですてきでした。
なぜこんなにもすごいピアニストが、ここに?中央でもこれほどの力量を持ったリヒト奏者は余りおりません。弾く曲が、しかも名だたる難曲ばかり。トロヴァトーレ初めて聞きながら、鳥肌が立ちました!!ファイナルに込めた奏者渾身(こんしん)の演奏でした。
取材:御手洗志帆